ポンポンブログ

アンテナに引っかかったアレコレ

宇多田ヒカルの光

 

前回何回にも分けて、ブログにも載せた「浦沢直樹 x 宇多田ヒカル対談」。

 

元々大好きだった宇多田ヒカルさんですが、今回久しぶりに彼女の発言を読んでみて、改めて、10年前なのに色あせない内容と存在感に、ただただ感激してしまいました。

 

 

すごいな〜ヒッキー +*:+(*´`*)+:*+

 

 

 

なので、このどうしようもないヒッキー再熱を、今回のエントリーにしたいと思いますッ(笑)

 

 

 

 ↓ 前回載せた二人の対談はコチラから

ponponhimiko.hatenablog.com

ponponhimiko.hatenablog.com

ponponhimiko.hatenablog.com

 

 

 

 

 

4月4日から始まるNHKドラマの主題歌を彼女が歌うとのことで、今か今かととても楽しみにしているのですが、復習も兼ねて、改めてこれまでの5枚のアルバム全部を引っ張りだしては、懐かしがっています (*´ο`*)=3 はふぅん

 

 

 

振り返ってみると、アテクシの多感な十代は、周囲に溢れていた押し付けがましいメディアや人々の意見、情報や言葉に、とても敏感に反応してしていた時期でした。

その頃は言葉が分からないインストやサントラ、クラシックや洋楽ばかり聴いていたのですが、そんな時期、数少ないJ-POPの中で聴いていたのが、宇多田ヒカルさんの曲でした。

 

 

少し距離のある歌詞と、飽きさせないサウンド、そしてポップであることが、

ささくれだった、アテクシの幼く卑屈な心に、訳も分からないまま、いつの間にか、する〜りと入ってきたのでした。

 

決して熱心に追いかけていたファンではなかったのですが、

それでも、回を増すごと進化してゆく彼女のアルバムは毎回買っていて、彼女の音楽は、変化して行く私の人生と共に、そ〜っと存在していました。

 

ヒッキーの活動や発言も、ゆる〜く私のアンテナに引っかかり続け、ニュースと共に伝わってくる人間臭さが、とても美しいなと感じていました。臭い立つ、っていうと変な表現かな‥ 香り立つ、の方が良いかな。とにかく、にじみ出てくる「生きてるぜ」っていうゴリゴリした輝きが、綺麗に磨かれたダイヤモンドよりも眩しく感じられました。

 

「点-ten」と「線-sen-」

 

 

2009年に発売された、彼女の本「点―ten―」と「線―sen―」。

彼女の10年間の発言集+膨大な書き下ろしの宇多田語録集である「点―ten―」と、オフィシャルHPで書き続けた彼女の10年間の日記を編集した「線―sen―」。

 

 

点―ten― 線―sen―

 

発売当時に購入して、しっかり持っていたのに、何年か前の(また別の)大きな引っ越しで、手放してしまったこの2冊の本が、今回久しぶりに対談を読んだ後、どーーーーしてももう一度読みたくなってしまい、「えーい!買ってしまえーッ!」と、再購入してしまいました(笑)

 

まさかこんな形で、再びこの2冊が手元に戻ってくるなんて..‥!

 

 

以下、アテクシのアンテナに届いた部分を抜粋☆ ↓

 

 ”5グラムの「悲しい」と5グラムの「うれしい」は、私にはおなじものにしか感じられないんですよ”

ロッキングオン「ROCKING'ON JAPAN 」より(2008年 5月号)

 

”悲しいとか嬉しいとか関係なくてどっちでもいいんだけど、なにか頑張ったからすっごい嬉しいとか、すっごい悲しいとか思えるみたいな、そういう状況っていいよなって思ってそういう歌を作りたかったの。” 

シングル『Beautifl World/Kiss&Cry』”オフィシャルインタビュー”より(2007年8月) 

 

 ”畏敬の念を持って、私は過去からのメッセージを受け取る

ーー自己予言となった歌詞、運命を思い出させてくれる偶然の数々、遠い昔の歌手達の声。どんな道を進もうと、やがて家へ辿り着けるんだよ、と彼らは教えてくれる”

Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1 ブックレット「思春期」より

 

 

"何かね....、元気になりたかったのね。自分の作ったものが、歌詞にせよ、曲調にせよ、何か実現しちゃうのね。 実現っていったら変だけど......。後から私がそれに私も巻き込まれていっちゃうのね。だから、ホントに、予言するみたいに、「あっ、この前書いてた歌詞のとおりになってる!」.......っていうのがあるから。

インタビュー なぜこの時期にTraveling のような曲を作りたかったのかという質問を受けて

 

”今回のアルバムは画集みたいなイメージで、ブルーとかその色とか視覚的なイメージで、ブルーとかその色とか視覚的なテーマの中に、『COLORS』から歌詞が以降してたのね。音楽的にはまだちょっと違うんだけど。あと、今回いちばん最後に作った『海路』っていう曲の歌詞で、別に全体像とか考えていなかったんだけど「額縁」って言葉を使いたくて。その時点では別に画集っぽいとか絵画的なってことも全く意識してなかったのに、「ああ〜、額縁!絶対入れたい!」と思って、それで♪額縁を選ぶのは他人♪っていうフレーズが出てきたんだけど。そしたらディレクターの沖田さんに指摘されて気付いたんだけど、『COLORS』の中でも♪キャンパスは君のもの♪って言ってるじゃない?でね、それ‥‥、私の哲学をよく表してる2曲で。ホント、キャンパスは自由だと思うのね。自分で何回描いてもいいし、替えてもいいし、どうしてもいいんだけど‥‥‥。すごく不思議だったのは、画家の絵が美術館とか誰かに買われてどっかに飾られた時って、絶対に額縁を自分で選んでいない。その買った人とかが額縁を付けたり、画家のオーナーが付けたりとか‥‥‥、それって不思議なものだなって思うの。でも額縁ってすごく大事じゃない?絵に。でも、それを選ぶのは他人だったりするっていうのがすごーく不思議で。飾り方やその絵をどこに置くかっていうのも、相手とかお客さん次第だったり。まぁ、私自身、自分がどうなるかとか自由だけど、それを人に見られる時って、やっぱり見る人が自分の概念とかイメージとかで額縁を付けるっていう。うん。私も誰かを見ている時に、その人の周りに自然とたぶん見えていない額縁みたいなのを、自分のレンズで付けてるっていうのがどうしても取り払えない部分で。それがまあ大事なんだけどね、その価値観とか個人個人の存在意義なんだけど。でも、不思議じゃない?だって、すごくシュールなイメージで描いた絵に金ピカお額縁なんか付けられちゃっても困るし。でも、ここはさ、自分の手を離れて受け取り手のセンスに委ねるしかないってとこで、それがさ、なんていうのかな、作品の最終的な過程で。で、それを許すことによってひとりよがりじゃない作品ができると思うのね。だから......、結局、音楽を作って、私はこういう者だよって思って作っても、人がどういう気持ちで聴くとか、私に対するイメージも混ざっちゃうとか、結婚しているというイメージが重なっちゃうのとか、女だってことで変わってきちゃうとか....、全部含めてどんな景色を見つめて聴くとか....、もう全部その人の額縁。「でも、それでいいんだよ」っていうことで、それは悪いことじゃなくて、額縁を選ぶのは他人だってことを言いたくて、それは『COLORS』とつながってるのね。ずいぶん前に出したシングルなのに、やっぱりね、つながるよ。つながりはいっくらでもあると思うのね、何事も。ただ、それをいかに意識するとか、わかるかわからないかで、ホント、大きく生き方とか考え方とか価値観が変わってくると思うから、私はいつもモノを比較したり、つなげてる点を見つけたりとかっていうのが大好きなんだ。” アルバム『ULTRA BLUE』インタビューより 

 

 ”「肯定だけしていけば、平穏ないい世界になるんだろうな」と思ってたんだけど、今回は「あ、そっか、否定せずに肯定はできないんだ」って気付いたのを、そのまま貫き通したというか。“1の肯定をするために、何億万の否定をーーだから「私はここにいるぞ!」ってことを肯定しようとしたら、私がここにはいない世界っていうのをまず否定してるし、っていう。それを音楽作りでもやってた。” アルバムDEEP RIVERインタビューより

 

”「あ、そうか。ひとりぼっちじゃないから孤独なんだ」って結論に辿り着いて。(中略)どんなに気が合う人、どんなに大事な人がいても、絶対に超えられない人間の壁があるし、向こう側があるから溝があるじゃない?向こう側が無ければ溝なんて無いから”

インタビューシングル『FIrst Love』ー『Can you Keep A Secret?"

 

“全部でありたい、という気持ちは「自分を定義する」ことの逆なのかもしれない。「私は女だ、東京に住んでいる、若者だ、これが好きだ、あれが嫌いだ、こうされたい、これは怖い」といった自己定義は、ただ自己を制約するものを羅列するだけのように思える。自分はああだこうだと、内と外との境界線をはっきりとさせる考え方には興味がわかない。

むしろ世界の全てと共通したい。


私の腕を乗せたデスクもこの体を支えるイスも、私とそう違わない。すばらしい会話に夢中になってる時、どこまでが自分でどこまでが相手かわからなくなる瞬間がある。友達と大爆笑してる時、私の一部はもうそこにはいない。


世界を自分の「内」と「外」で分別し出すと、自然からも本能からも離れて行く気がする。なんでもないと同時になんでもある存在になりたい。そんな感覚をずっと持ってた。そんな救済の予感をずっと追っかけてきた・・・。


自分の世界が無限に広がるようで、また「一点」に向かいながら自分の存在が明瞭になっていくような軽やかな気分・・・「点」って無限なんだぜ。


すでに自分は世界の一部なのだから、万物と共感、融合することは、決して自己の喪失ではない。

その帰途に、音楽が位置する。


「音楽は世界の共通語」なんてよく言うけど、まさにそんな感じ?


歌を歌うことは、人であるために必要なことのように思える。


メロディーは、誰かの心の原風景。懐かしい場所からのメッセージ。


リズムは、死へ向かう生命の行進の音。

歌は祈り、願い、誓い。

音楽は慈悲。


それ以上、音楽の難しいことは知らなくてもいいと思う。”

 

「点」書き下ろし ”音楽とは”

 

 

 

 

 

 

言葉がリズミカルに並べられてて、まるで彼女の音楽の様に、ポップで飽きさせない。

インタビュアーを挟んで語られた「点―ten―」も、ヒッキー自身が書いた日記「線―sen―」もそれぞれ違ったリズムが刻まれていました。

 

特に「線―sen―」は、本という形で改めて読むと、まるでアルバムを聴いてるみたいな、全体の流れが感じられてとても面白かったです。ドドーン!と約10年分のログ、間に休みがあるとはいえ、まとめて読む醍醐味をしっかり味わえます。

彼女のインタビューや文章を読んでいると、音のシャワーを全身で浴びている様な感覚になるし、彼女自身も、いつも忙しく沢山の情報を身体いっぱいで受信し、高速で処理し、常に頭の中には思考、イメージ、言葉の断片が、泉の様に溢れている様な印象でした。

 

何だか、若かりしヒッキーの中には、仙人みたいな、おじいさんが居る気さえする(笑)

 

 読んだ当時も勿論、ハっ!とさせられる事が度々あった彼女の発言ですが、自分も年をとった今改めて読んでみると、若かりし彼女の凄さやユニークさがまた別の形でみえてきました。当時、既に大人だった人達がどれだけ彼女の存在にビックリさせられたか‥...少ーし想像できたようなきがいたしました。

 

 

 

 

水は音楽を聴いている―心とからだに共鳴する『水の結晶写真・83点』

 

そういえば以前、世界的にも有名な氷結結晶写真集「水からの伝言」の江本勝博士は、水に音楽を聴かせて撮影した「水は音楽を聴いている」の中で、宇多田ヒカルさんの「Automatic」を聴かせた写真も紹介していました。その結晶の形がとっても綺麗だったのを覚えています。

 

 

 

これまでの彼女の音楽がそうであったように、これから作られるものも、彼女自身の変化と共に進化し続け、私たちを驚かせたり楽しませたり、勇気づけてくれることでしょう。

 

一貫して彼女の音楽や発言、活動から聞こえてくるのは、「変化することを恐れないで」「変わることって面白いんだぜ」という、普遍的なバックビート。

 

誰もが持っている、その可能性を、彼女自身が生き、そして奏でているんだと思います。

 

 

 

”良くなるか悪くなるかは全然わからない。

まあ変化はあるだろうけど。

必ずしもいい変化か

どうかわからないし(笑)。

とにかくやってみればわかる。”

ソニーマガジンズ「WHAT's IN?」より(1999年3月)

 

”どんな曲出しても固定ファンが

喜んでくれてって感じじゃなくて

どんどんベテランになってくる芸歴だけど、

そういう感じではなく、

いつまでも、チャレンジしてるっていうか、

変わっていきたいなぁ....と思う。”

シングル『Be My Last』”オフィシャルインタビュー”より(2005年9月)

 

 

” どんなことでもやってみて

損をしたって 少し経験値あがる”

『Beutiful World』 歌詞より

 

 

 

 

とにもかくにも、新曲楽しみですね☆:*・゚(´∀`●)ホェ:*・゚☆

 

 

 

 

点―ten―

点―ten―

 

 

ぼくはくま

ぼくはくま

 

 

 

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